桐谷晃司
職業:ビジネスセラピスト
生年月日:1964年6月25日(蟹座)
出身地:大阪府大阪市
出身校:関西大学社会学部心理学科
エニアグラム:Type4
趣味:放浪の旅
家族:妻、高校生の息子との3人家族
座右の書:OSHO「存在の詩」、中村天風「運命を開く」、岡部明美「もどっておいで私の元気!」
ロマンを感じるもの:アトランティス文明、古代エジプト文明、カタカムナ
特技:事業を作ること、人の潜在能力を開くこと
・桐谷晃司のビジネスセラピストBLOG
・桐谷晃司の公式YouTubeチャンネル
■創業実績(経営者として立ち上げた事業)
ワイキューブ(人材サービス)火の鳥村(不動産リノベーション)デジパ(WEB関連)デジパベトナム(オフショア開発)サイトストック(WEBサイト売買仲介)スタートアップスクエア(起業家支援)SUS投資組合(スタートアップ投資ファンド)
■事業売却実績
デジパベトナム(オフショア開発)サイトストック(WEBサイト売買仲介)
■挑戦した事業
20事業以上多数
著書:『検索せよ。そして、動き出せ。』(ビジネス社、2014年)
『いちばんやさしいWebマネジメントの教本 人気講師が教える最強のサイト運営チームの作り方 「いちばんやさしい教本」シリーズ』((株)インプレス、2016年)
1964年大阪府に生まれる。
幼少期から、この世界に自分の居場所がない感覚を持っていた。
人間恐怖症で、強い劣等感の中で少年時代を過ごす。
生きる目的、心理の世界についてずっと興味と葛藤があり、関西大学社会学部心理学科へ進学。
そこで助教授の小原仁に出会い、心理学における師匠と仰ぐ。
22歳の時、小原仁が監修をするワークショップに参加し、ワンネスの世界観を体験し大きな感動を覚える。
また、この時初めて、自身も心理を伝えるトレーナーやセラピストになりたいという想いが芽生える。
1988年大学卒業後、名古屋のパチンコ店に就職後も10か月で退職、その後、リクルート社にアルバイト入社するが、組織の中で生きていく自分がイメージできずに起業を目指す。
1991年26歳の時に1度目の起業。出会った5人と共に人材コンサル会社「ワイキューブ」を創業。
しかし、全員が同じ株数を持つという中途半端な経営スタイルに馴染めず、創業から2年半で離脱。
1993年、29歳の時に「存在の詩」を読み、20世紀の覚者と言われているバグワン・シュリ・ラジニーシ氏の「OSHOコミューン」に滞在する。
そこで瞑想とヨーガ三昧の日々を過ごし日本に戻るが、社会適合ができない日々を過ごす。
1995年、30歳で2回目の起業。
大阪のアメリカ村で、空室になったビルをまるごとリノベーション、
リフォームが必要なことを逆手にとって「セルフリノベーション可能」の物件として”ビルまるごとフリーマーケット”を開始。
メディアにも取り上げられ一躍有名になるも、社会的な事件に巻き込まれてあえなく倒産。
借金返済のため、マンション販売会社に就職して、借金を返済するだけの日々を3年過ごす。
そして2001年、36歳で3回目の起業。
「時間と空間を超える働き方」「とことん自分らしく生きる」をスローガンに掲げて立ち上げたデジパ株式会社では社員10名以上が起業、20名以上がフリーランスとして独立するプロ集団になる。
2008年のリーマンショックで経営危機を体験し、子会社2社を売却。
2010年、南房総と東京との「二拠点居住」「半農半X」な暮らしを始める。
同時に、デジパを完全リモートな組織に改革 。
2018年、スタートアップ支援を目的にスタートアップスクエア(株)を設立。
2020年3月、スタートアップスクエア(株)の代表取締役社長を退任。
2020年4月、「桐谷晃司事務所」を設立。
ヨーガ、瞑想、バイオシンセシス、ディープブレス、リバランシング、師と仰ぐ岡部明美から心理学を学びLPL認定セラピスト資格を取得し、「ビジネスセラピスト」として独立。
何度も起業を繰り返し、傷を負い続けてきた自分だからこそ伝えることができる価値があると考え、「経営者の伴走」「経営者向けセラピー」「チームにカウンセリングマインド」をテーマに、ビジネスセラピストとして活動中。